聖ドミニコカトリック渋谷教会。。。。* *。:☆.。†
本日11月21日。。。献堂50周年記念ミサ 大司教司式によるミサを行い、その後パーティーを開きます。。。* *。:☆.。†
皆様もぜひ 教会へおいでください^^。。。* *。:☆.。†

献堂50周年に寄せて ~聖堂建立への道のり~ 渋谷教会の聖堂にて初ミサがクリスマスの深夜ミサとして捧げられて50年目となりますが、池尻教会から始められた東京でのドミニコ会の聖堂の誕生の経緯は、献堂35周年記念誌に掲載された、ジラール神父の「日本に輝く言葉」に詳しく紹介されています。その中に、池尻教会は旧日本軍の騎兵隊のバラック小屋を利用したもので、主任司祭も信者たちも、いつの日か、神に仕えるのにもっと適した教会もつことを夢見ていたとあります。
1952年当時、ラローズ神父は、日本副管区の役員会に「私のみならず、小教区の信者たちも真の教会を切望してやみません。私たちは疲れてしまいます。なぜなら、この建物は時には幼稚園になり、英語教室になり、遊技場になり、そしてまた突然教会に戻るのです。私は、信者たちに神の威厳を感じさせる何かを与えたいのです。美しい教会はそれ自身、神に対する尊敬であり、信仰心の確立であり、そして祈りへの招きなのです」と打ち明けています。
1955年、パレ神父が日本副管区長に任命され、修道院と隣接する大きな聖堂の建設がその任務であり、またそれは急がれていましたが、前職のカナダ管区長であったとき「とりわけ宣教の地としてのこの小教区は、信者が祈るのにふさわしい場であり、その信仰を証しする場であり、また、回心する特別な場所にならなければならない…。そこには神秘的な雰囲気が満ち溢れていなければならないし、十字架と洗礼の水を前にして、全ては主に従うかどうか決断しなければならないのである。」と表明されていました。
1958年、この南平台に土地を見つけましたが、上野の家、仙台の光が丘の修道院、そして池尻の土地も手放す犠牲を強いられることでもあったのです。このような思いと願い、祈りに支えられた神父さまがたの果敢な奔走と努力の結果、1959年12月25日、新築の現在の聖堂で、最初のクリスマス・ミサが、初代主任司祭レデユック神父によって執り行われました。また、隣接された修道院に最初に居住した聖職者として、リシャール、ノレ、ジラール、ボーリュウ、プチ、大宮、スミスの各ドミニコ会士の名前が記録されています。
50年前の聖堂を建立されたドミニコ会士の思いは、神への尊敬と信仰の確立ために、荘厳で神秘に満ちた聖堂として、主のお恵みを豊かにいただき、歴代主任司祭の導きと祈り、そして、聖堂を熱望した信者の先輩方の祈りと積極的な教会活動への奉仕によって、今日の私たちへ繋がっているのです。
(おとずれVol.199 より抜粋)

初冬の清らかな光 みちて。。。
愛 感謝 祈りのうちに。。。。* *。:☆.。†
王であるキリスト第1朗読 サムエル記下 5章1~3節
第2朗読 コロサイの信徒への手紙 1章12~20節
福音朗読 ルカによる福音書 23章35~43節
祈り
父である神よ、
あなたは十字架につけられたひとり子イエスを、
すべての人の救い主として示してくださいました。
キリストこそ、世界に平和をもたらし、
人類を一つにする主であることを、
きょう、深く心にとめることができますように。。。* *。:☆.。†
第1朗読 サムエル記下 5章1~3節イスラエルの全部族はヘブロンのダビデのもとに来てこう言った。
「御覧ください。わたしたちはあなたの骨肉です。
これまで、サウルがわたしたちの王であったときにも、
イスラエルの進退の指揮をとっておられたのはあなたでした。
主はあなたに仰せになりました。
『わが民イスラエルを牧するのはあなただ。
あなたがイスラエルの指導者となる』と。」
イスラエルの長老たちは全員、ヘブロンの王のもとに来た。
ダビデ王はヘブロンで主の御前に彼らと契約を結んだ。
長老たちはダビデに油を注ぎ、イスラエルの王とした。
第2朗読 コロサイの信徒への手紙 1章12~20節光の中にある聖なる者たちの相続分に、
あなたがたがあずかれるようにしてくださった御父に感謝するように。
御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、
その愛する御子の支配下に移してくださいました。
わたしたちは、この御子によって、贖い、
すなわち罪の赦しを得ているのです。
御子は、見えない神の姿であり、
すべてのものが造られる前に生まれた方です。
天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、
王座も主権も、支配も権威も、万物は御子において造られたからです。
つまり、万物は御子によって、御子のために造られました。
御子はすべてのものよりも先におられ、
すべてのものは御子によって支えられています。
また、御子はその体である教会の頭です。
御子は初めの者、死者の中から最初に生まれた方です。
こうして、すべてのことにおいて第一の者となられたのです。
神は、御心のままに、満ちあふれるものを余すところなく御子の内に宿らせ、
その十字架の血によって平和を打ち立て、
地にあるものであれ、天にあるものであれ、
万物をただ御子によって、御自分と和解させられました。
福音朗読 ルカによる福音書 23章35~43節
民衆は立って見つめていた。議員たちも、あざ笑って言った。
「他人を救ったのだ。
もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」
兵士たちもイエスに近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、
言った。
「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」
イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札も掲げてあった。
十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。
「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」
すると、もう一人の方がたしなめた。
「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。
我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。
しかし、この方は何も悪いことをしていない。」
そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、
わたしを思い出してください」
と言った。
するとイエスは、
「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」
と言われた。 。。。。* *。:☆.。†
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